代表紹介


特定非営利活動法人ナルミーランド
理事長 工藤 成美 (Narumi Kudo)


略歴

7歳:「いい子」と「わがままな子」の板挟み・うつを発症・万引きや窃盗を繰り返す
13歳:いじめや集団暴行、国際差別を受ける・感情の爆発・薬物やシンナー、アルコール、恋愛への依存・売春・刺青
16歳:パワハラを受ける・強迫観念、強迫行為
20歳:うつ病の診断・処方薬依存・重度の恋愛依存
23歳:自殺未遂・精神科閉鎖病棟へ入院・統合失調症の診断・拒食・過食・自傷行為
24歳:広汎性発達障害(アスペルガー症候群)、双極性障害の診断
25歳:自殺未遂・引きこもり
26歳:結婚、心身の快復・任意団体「うつカウンセリング心の部屋」を設立
28歳:特定非営利活動法人ナルミーランドを設立
29歳:アルコール依存症・窃盗症・薬物依存症の診断・入院、療養・自殺未遂
30歳:約11ヶ月の断酒生活から、スリップ(再飲酒)するも、断酒生活をやり直すと決意する・相談対応に復帰する



詳細な生い立ち・快復のきっかけ・活動を始めた想い・現在、これから


■闘病生活のはじまり

1990年1月生まれ、宮崎県延岡市出身のアジア系のクオーター
幼い頃から、「いい子だね」「お利口さんだね」と言われて育ち、「自分はいい子でお利口さんじゃないと駄目なんだ」と自然に思うようになる。
「いい子」でいることに疲れ感情が爆発してしまうと、今度は「わがままな子、問題児」という評価に変わり、ショックを受ける。
「いい子、お利口な子」でいるために自分を偽り生きるうち、気がついたときには、幼いながらに「死にたい」と思うようになる。
年齢を重ね、「いい子、お利口」の評価と「わがままな子、問題児」という評価に板挟みになり、重圧に感じ始める。
「死にたい」と思う気持ちがさらに強くなっていき、上手く出来ない自分を恥じ、自分自身を全否定して生きていく。
結果、7歳でうつを発症し、身動きが取れず冷や汗が止まらなくなるほどの刺されるような腹痛や、バットで殴られたような頭痛といった身体症状が徐々に現れる。
同時に、お財布にお金はあるのに、万引きを繰り返し、友人のおもちゃを盗んでしまう。

■居場所を求めた思春期

中学時代、上級生から、悪質ないじめや集団暴行、国際差別を受け、不登校になる。
「自分は『いい子』『お利口さん』なんかじゃない」
「私は、大人たちの都合のいいおもちゃじゃない」
これまで抑えてきた様々な感情が限界に達し、爆発した気持ちを吐き出せ安心できる居場所を求め、家出をする。
夜の世界に染まり、薬物やシンナー、アルコール、恋愛への依存・売春・刺青を繰り返す。
行き場のない怒りや悲しみ、生きづらさから、自身の感情をコントロール出来ず、家族へ暴力・刃物を向け、機能不全家族に陥る。
「自分は、生きているだけで人に迷惑をかけている」
そう自分を責め、人に迷惑をかけてはならないの一心で、人の顔色を伺い、必死に生きる。

■違和感を覚えた社会人

15歳、夜の世界から足を洗い、更生、中学卒業後に飲食店へ就職する。
上司から毎日のように暴力や暴言のパワハラを受け、日常生活に支障をきたすほどの強迫観念・脅迫行為を繰り返すも、二面の顔を持ち、人前では元気で明るい自分を演じ続ける。
同時に、「◯◯するべき、◯◯しないといけない、◯◯なはず」という思考に支配されるようになり、
その思考を心のお守りにして自分を正当化しながら、気持ちを落ち着かせ、苦しくつらい自分をなんとか保つようになる。
そうやって過ごしているうちに、自分がどん底にいることに気づく。
「こんな自分は死んでしまえばいい」
「いなくなってしまえばいいんだ」
自身の精神状態に違和感を感じ、地元の病院をいくつも受診するも、社会生活が送れていたことから”異常なし”との診断を受け続け、「自分はおかしい人間だ」と自責の念に駆られる。

■心のクリニックの受診

20歳、東京へ上京し、ホステスとして接客を学ぶ。
つらく暗い日々を過ごしている中で、私の状態を聞いた同じ職場の知人から、心のクリニックの受診を勧められる。
まさか自分が心の病にかかっているとは思っていなかったため、受診するべきか散々悩むも、受診を決意し、クリニックのドクターからうつ病の診断を受け、自分は精神障害を抱えていることを知り、本当の自分を少し理解出来たように感じる。
しかし、自分自身の取り扱い方がまだ分からなかったため、より強い安心を得るために多量の処方薬に依存したり、孤独感から重度の恋愛依存に陥り、何かに依存することで自分の気持ちを落ち着かせるようになる。

■生きづらさの限界・自殺未遂

22歳、介護職へ転職するも、精神障害を抱えた自分自身を恥じる気持ちから、精神障害であることを隠して働く。
「自分は、まわりの人からどう思われているんだろう」
「うつ病だと気付かれていないかな・・・」
自分を愛せず、強迫観念に駆られていたため、人と人の関りを恐怖に感じ、常にまわりの人の顔色を伺い、ビクビクしながら過ごし、人間関係や仕事のストレスを抱え続けるようになる。
23歳、様々なストレスから、水分も受け付けないほどの拒食が続く。
味覚も次第に感じられなくなり砂を食べている感覚から、嚥下困難・嘔吐を繰り返す。
幻覚や幻聴、被害妄想の症状・全身が重りのようで自由に歩くことも、寝返りをうつことすらできず、植物状態の重度のうつに陥る。
「生まれてこなければよかった」
「自分には生きる価値がない」
「生きててごめんなさい・・・」
長年のうつ症状が限界に達し、自殺未遂をする。
救急搬送され、地元の精神科閉鎖病棟へ入院・統合失調症の診断を受ける。
排泄行為もままならず、車いす生活で看護師の介助を受けるも、人権を尊重してもらえず惨めな日々を送る。
同時期に、有料カウンセラーから金銭的・精神的な裏切りを受け、高額なカウンセリングの現実を思い知らされる。
その後、退院し再就職するも、孤独感や絶望感に度々襲われ、自傷行為を繰り返す。
全身に刺青を入れ、他人から切りつけられているような痛みで、生きていることを確認したと同時に、その痛みが死にたい気持ちを少しだけ楽にしてくれていた。
それでも死にたくなったときは、過食やオーバードーズを繰り返し、自分を傷つけ生きることを再確認していた。

■生きづらさの原因を知り、自分を認めた24歳

「どうせ死ねないなら、人に迷惑をかけるだけかけて死のう」
「人にどう思われてもいい、嫌われてもいい」
「本当の自分をさらけ出そう」
「もうどうにでもなれ!どうせ死ぬから!」
自殺未遂をするまでに追い込まれながら、仕事もお金も肩書も人の信用も、すべてなくなって、自分がゼロになったことを機に、どん底の中で自分の鎧を取り払い開き直ることができるようになる。
24歳、広汎性発達障害(アスペルガー症候群)、双極性障害の診断を受け、生きづらさの根本的原因を知り、安堵感を覚える。
「もしかしたら、迷惑をかけずに生きることはできないかもしれない」と思えるようになると同時に、「自分の考え方の癖や決まり・常識が自責の念に陥らせているのかもしれない」と気付くことができ、自分の人生ならば自分が主人公であるように、自身を愛してあげようと決める。
少しずつ自分と向き合えるようになり、自分以外のことを理解できるようになっていく。
「うつ病を治すのではなく、焦らずに共に付き合っていこう」「もう頑張るのをやめよう」
と決めることで、過去の自分も今の自分も、もう許してあげようと思えるようになる。
迷惑をかけているのに笑いかけてくれる人。
無条件ではないかもしれないけれど、何度迷惑をかけても、どんな私でも、必ずそばにいてくれる人。
気持ちが分からないなりに、寄り添ってくれる人。
周りの支えてくれる人たちの存在に気付くことができ、感謝できるようになる。
「人は、ひとりでは生きていけないんだ」
「たくさん迷惑をかけても、生きていていいんだ」
「人は、多かれ少なかれ迷惑をかけながらでしか生きていけないんだ」
「頑張らなくても、ありのままそのままの私でも、生きていていいんだ」
自分中心な考えだけでなく、周りの人たちに支えられながら生きていこうと少しずつ思えるようになれる。
「支えてくれる人たちに感謝をして生きよう」
そう思えるようになれたことで、少しずつ自分を肯定し、許すことができるようになっていく。
療養のため、1度目の生活保護を受給。

■信頼の重さを感じた25歳

25歳、当時の婚約者と共に飲食店を経営する。
精神障害を抱えながらも社会復帰を目指す方々を応援するため、就労移行支援事業所を通じて積極的に受け入れを行う。
しかし、婚約者からDVを受ける日々に、重度のうつを再び発症。
婚約者が従業員に暴行、現行犯逮捕される。
同時に、10年間の刑務所生活・前科が何犯もある事実を知る。
人へ対する恐怖や人間不信から引きこもりとなり、経営の困難・飲食店をたたむ。
多額の借金だけを背負い、恋人から逃げるように県外へ引っ越しをする。
信頼を裏切られた代償は大きく、2度目の自殺未遂をする。
重度のうつ症状、悪夢で精神不安定が続き、介助なしでは外出もままならず、2度目の生活保護を受給。

■任意団体「うつカウンセリング心の部屋」の設立

26歳、現在の主人との出逢い、全ての過去を受け入れてもらえ、結婚。
心身が快復、社会復帰し、借金を完済する。
約20年間のうつ病を乗り越えた今、闘病時、「生きてるだけでいい」と身近で無条件に心から寄り添ってくれる人がいなかったこと、必要な時に高額なカウンセリング料を支払うことができなかったことをきっかけに、当時の私のように悩み苦しむ方々へメッセージを伝えていきたいと感じ、心理学を学び、様々な資格を取得・2016年から個人で任意団体を立ち上げ、無料相談活動を始める。
また、精神障害を抱えている方々に限ることなく、耳が聴こえない・しゃべれない方々の心の悩み相談もお受けできるように、生まれつき耳の聴こえない聴覚障害者の講師から手話を約2年以上教わり、実際の社会生活の中で活かせる様々なコミュニケーション方法を学ぶ。

■2018年 特定非営利活動法人「ナルミーランド」を設立

うつ病を経験したカウンセラーや、様々な分野に長けたスペシャリストの協力を得て、2018年に特定非営利活動法人(NPO法人)ナルミーランドを設立。
高熱や胸の苦しさ、頭痛などの原因不明の体調不良が続き、精神的なストレスとの診断。
2018年12月をもって、相談対応を当団体カウンセラーに一任し、長期休養を取る。


■長年のアルコール依存症・窃盗症・薬物依存症であることを知った29歳

自分の意志で飲酒をコントロールできなくなり、15年間、二日酔いと同時に、飲酒による落ち込みや希死念慮を繰り返すことに疑問を感じるようになる。
ある日、その状態で妹のように思っている子と会っていたとき、幼少期以来に万引きしたい気持ちに駆られる。
その子のキラキラした笑顔を見ていたら、「このままアルコールを飲み続ける人生を送っていたら、本当に大切な人やもの、ことを失う」と、強い恐怖に駆られ、生涯の断酒を決意する。
大切な人たちに、「自分は、アルコール依存症かもしれない」とカミングアウトをし、専門病院を受診、アルコール依存症の診断を受け、長年のアルコール依存症であることを知る。
同時に、窃盗症と薬物依存症の診断を受ける。
依存症専門病院に入院し、同じ依存症の仲間との分かち合いを通じて療養をする。
入院中、これまでアルコールを飲まないと生きていけないほどに、たくさん頑張ってきた自分自身を振り返り、認め肯定してあげることができたと同時に、これ以上アルコールで苦しみたくないという想いから、生涯の断酒を決意する。


■約11ヶ月の断酒生活からスリップするも、断酒生活をやり直すと決意し、相談活動に復帰した30歳

断酒生活中、自分でコントロールできない強い飲酒欲求や薬物を欲する欲求に何度も駆られ、4度の入退院を繰り返す。
「もうアルコールで死にたくなりたくない」
「もうアルコールを飲んで、まわりの人たちに迷惑や心配をかけたくない」
「だから、断酒したい」という気持ちがあるのと同時に
「どうして、一生酒をやめないとやめなくてはいけないのか」「どうして、一生酒を飲んではいけないのか」と、断酒に対して疑問を感じている自分がいることに気付く。
アルコールが飲みたいという強い飲酒欲求と、断酒に対して疑問を感じている自分が、断酒していこうという自分の気持ちを揺れ動かせ、酒に支配される終わりのない葛藤と疲労感が日に日に強くなっていく。
周囲の人たちからのアドバイスや励ましの言葉が、焦りとプレッシャーになり、死にたい気持ちや楽になりたい気持ちが強くなり、3度目の自殺未遂をする。
結果、死ぬことができず、苦しい気持ちや断酒に対する疑問、飲酒欲求が勝り、スリップ(再飲酒)する。
約11ヶ月の断酒生活の後、飲酒を繰り返すも、大切な人たちの言葉を機に「またいつか、自分でコントロールできないくらいに、連続飲酒を繰り返し、心身がボロボロになるかもしれない」そうなることで、信用を無くし、大切な人を失うかもしれないと、心のどこかでは、飲酒しながらそんな迷いがあったと気付く。
「アルコールを飲む時間があるなら、悩む時間があるなら、これからのために自分のために家族のためにナルミーランドのために、今のわたしがやるべきことのために動き出そう」と、断酒する大きな意味を見出すことができ、断酒生活をやり直すと決意し、断酒生活を継続している。
同時に、2020年7月に相談対応に復帰し、日々、ご相談者と向き合っている。


保持資格

うつ病アドバイザー、行動心理士、上級心理カウンセラー、心理カウンセリング1級、コーチング1級、発達障害コミュニケーション初級指導者、青少年ケアストレスカウンセラー、高齢者ケアストレスカウンセラー、企業中間管理職ケアストレスカウンセラー、ピアカウンセラー、医療事務管理士、調剤事務管理士、ホームヘルパー2級、食品衛生責任者